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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和62年(ラ)22号 決定

抗告人 山田敏光

相手方 山田安吉 外5名

主文

原審判を取消す。

本件各遺産分割申立事件を鹿児島家庭裁判所知覧支部に差戻す。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨及びその理由は、別紙「即時抗告申立書」〔略〕記載の通りであるが、要は、抗告人の本件各遺産分割申立事件を却下した原審判は不当であるから、主文と同旨の裁判を求めるというのである。

二  原審は、抗告人の本件各遺産分割申立を、(1)抗告人は養父母である被相続人山田伊右衛門(以下「伊右衛門」という。)、同山田エイ(以下「エイ」という。)の扶養を何等することなく放置し、その為、伊右衛門、エイは相手方山田カズヨと、更には山田カズヨの夫である相手方山田安吉(以下「相手方安吉」という。)とも各々養子縁組をなし、相手方安吉夫婦を所謂跡取りと定め、老後の扶養を託した、(2)抗告人は、伊右衛門等の遺産及びエイの財産の殆んどが相手方安吉名義に移転登記されている事実を知り、昭和31年、エイ宛に書面を以つて遺留分減殺権行使の意思表示をしたが、それ以外には、相手方安吉等と直接交渉したことはないうえ、間接的にも殆んど交渉をせず、以後20年以上の長期間に渉り、相手方安吉名義の尽、且つ相手方安吉が管理するに委せて、同57年、相手方安吉に対する右遺留分減殺権行使に基づく物件返還の、相手方5名に対する遺産分割の各調停を申立る迄放置した、という各事情の下では、信義則に反するものとして許されないとして、却下していることは記録上明白であるところ、抗告人の本件各遺産分割の申立が、いずれも相続開始後20年以上を経過した後になされたものであり、また抗告人は、伊右衛門の相続に関し遺留分減殺請求権行使の意思表示をした後20年以上に渉つて右減殺請求権行使を前提とする家事調停、審判の申立、或いは訴訟の提起等紛争解決の為の公的機関の活用という積極的な行動をとらなかつたことは、本件記録に照らし、これを認めることができる。

三  然しながら、遺留分減殺請求権の行使が有効であれば、遺留分を侵害する限度で当然に侵害者が取得した権利は遺留分権利者に帰属するものであり(本件記録によれば、抗告人はエイのみならず相手方安吉、同山田カズヨに対し、昭和30年9月9日頃、書面を以つて遺留分減殺請求権を行使し、遺産分割の協議をなすことを申入れたことが一応窺われる)、その結果生ずる右権利の取戻請求権(或いはこれに基づく遺産分割の申立)を、遺留分権利者は随時なしうるものであつて、このことは相続開始に因つて共同相続人らの共有となつた遺産の分割申立についても同様である。

従つて、相続回復請求権、或いは遺留分減殺請求権が時効に因つて消滅したとは必ずしも断定し得ない本件において、単なる長期間の遺産分割申立の懈怠を捉えて、信義則違反として本件各遺産分割の申立を却下するのは相当ではない(なお、原審摘示の如き扶養義務の懈怠があつたからといつて、これが遺産分割の方法につき考慮されることがあるとしても、相続人排除等の手続によることなく、当然に相続から除外される結果を招来することとなる様な、信義則違反による遺産分割申立却下の事由となるものではない)。

よつて、本件各申立を却下した原審判は、審理不尽として取消を免れず、更に本件各遺産分割申立に係る遺産及び相続人の範囲、遺留分減殺請求権行使の有無、遺留分減殺請求権及び相続回復請求権の時効消滅の有無、相手方安吉らによる取得時効の成否等につき十分な審理を尽させる為、本件各遺産分割申立事件を原審に差戻すこととする。

よつて、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 吉村俊一 澤田英雄)

表〈省略〉

別紙〈省略〉

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